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終戦 [巷の雑感]

雨がしたたり落ちるなか、試合終了のホイッスルがグランドに響いた。整列する選手たちの眼は真っ赤だったが、泣き崩れたりすることなく、みんな充実したいい表情をしていたことを、ファインダーで確認した。多くの保護者と後輩たちに、終戦の挨拶をする姿を撮り終えると、私は構えたカメラをゆっくりと下ろした。見上げた空は暗く、涙のような雨がしたたり落ちてきて、私の瞳を濡らしてくれていた。ふーっと息を吐く。すーっと空気を吸う。こんなにも素晴らしい気分になれたのは、何年ぶりのことだろう。全ての想いから解放された今、清々しい、という以外の言葉は見つからない。敗戦の悔しさ、後悔、終わったことの残念さ、虚しさ、そんなものは微塵も感じない。つい先ほどまで、歓声と闘志がぶつかり合っていたのが、ウソのように静まり返り、ただただ空からしたたり落ちる滴を受け止めているグランドの片隅に一人立ち、私は何とも言葉に表すことのできない、湧きあがる感情、重くのしかかる想いが全て霧散していくような、解放感にも似た空気の中にいた。

(この記事は、前回の「最後の試合」の続編として、そして多くの方々から頂いたコメントへのお返しとして、書かせていただきます)。

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午前中は晴れ間も覗いていたというのに、試合開始早々、雨が降り出した。一次リーグ最終戦を、奇跡的なPK勝ちで二次リーグに進んだ愚息1号のチームは、しかしやはり実力差は如何ともしがたく、前日の優勝候補との一戦で大敗したことで、二次リーグ敗退が確定していた。今日の試合は、敗退者同士の消化試合となってしまったが、欲も重圧も無くなったせいか、かえって選手たちの最後の一戦にかける心意気は強かったような気がした。しかし、試合開始直後にそれが裏目に出る。一発レッドカード。残りの70分を、一人少ない十人で戦うことを余儀なくされる。ただそこからが、実はこの試合の始まりだった。一人少ないハンディを、運動量と巧みなポジションチェンジで補い、何度も相手ゴールに迫り、決定機を造り出した。1点ビハインドの後半が始まってもそれは変わらず、ファインダーを通して見る選手たちの表情は、これまで何十試合も見てきた私の眼と心に、気合と想いを伝えてくれる。確かに、技術的に未熟なチームで、この場で戦うには力不足であっただろうが、今持てる自らの力を全て出す、という意気は、ピッチに立つ全員から感じられた。さすがに最後は足が止まり、とどめの一撃をくらい、2対0で最後の試合を終えることとなった。
試合後の選手たちの想いは、それぞれ様々だったことだろう。我が愚息は、傍らにいる私に眼を合わせようとはしないが、その表情から窺い知るに、悲壮感や後悔は微塵も無く、今の私の気持ちと同一であることを確信できた。勝つために全力を尽くす、そのためにサッカーグランドに足を踏み入れるということは、多分もう二度と無いであろう。そんな想いがふと頭をよぎった時、一瞬さみしげな眼をみせた息子だったが、それはすぐに消えてしまった。
振り返ってみれば、14年という永い間、サッカーを第一に考え、より強く、より上手くなることを望み、相手に勝つ、その為にどうすればよいか、それをずっと考えて育ってきたようにも思える。そのために汗も涙も流し、怪我を克服し、仲間との絆を深め、歓喜に酔いしれ、挫折に苦しみ、相手より優れていることを欲し、勝利を得るということをずっと目指してきた。そしてそれが血と肉となり、強くたくましくし、今日の姿を造ってくれたのだと思う。それは正しく、素晴らしいことであったと信じている。
ただ、ピッチを去る時に、一つだけ伝えたいことがある。これまで全力で走りまわったグランドは、68m×105mの四角に区切られたところ、これまで全身全霊で守ってきたゴールは、7.32m×2.44mにすぎない、ということを。そしてそのグランドを一歩外に出て見てみると、それよりも遥かに広い世界が広がっている、ということを。でもそんなこと、私があえて言うまでもないのかもしれない。スパイクを脱ぐ、という結論を出した息子は、もうそれに気付き始めているに違いないから。
息子の友人には、卒業後もサッカーを続け、自らを厳しくし、より高みに挑む者たちもいる。強者が偉く、勝者が尊ばれ、弱者は頭を下げ、敗者は去らねばばらぬ。より強くなることは難しく、勝者であり続けることは、なお難しい、厳しい世界。そこに挑戦する道を選ぶのはまた、素晴らしいことであり、サッカーという競技に微力ながら関わった者として、応援したい気持ちは止まるものではない。
実はそんな勝ち負けは、スポーツのみならず、この世の至る所にあり、これからの人生、永遠に続くかもしれない。そこにはより大きな幸福が有るかもしれないし、より深い辛苦が有るかもしれない。ただしかし、この14年にいったん終止符を打つというなら、そんな勝ち負けが全てではない、実はまた別の世界もある、ということを、息子には眺めてみて欲しいと思う。サッカーグランドよりも広い競技場で、自己の限界に挑むものもいる。サッカーグランドよりも狭いコートで、切磋琢磨するものもいる。しかし、そのサッカーグランドから、ふと目を向けると、綺麗な花を咲かせる野山が広がっていたり、鳥が飛び交う大空が広がっていたりする。そしてその向こうに、世のため人のため、家族のために額に汗して働く人々の住む街があったりする。たとえ世界は一つだとしても、歩む道は無限にあり、喜びも悲しみも、幾万幾千とあることを、知って欲しいと願っている。


愚息1号のサッカー生活も、これにて一先ず幕を下ろします。このブログをご覧の方の中で、応援していただいた方々、この場を借りてお礼申し上げます。ありがとうございました。そして、このブログをご覧の方の中で、サッカー少年の保護者の方々、叱咤激励しより高みを目指すのも、また別の目標を目指すのも、良いと思います。ただ最後は(それがいつになるか分かりませんが)、その子の親であったことを、幸せに感じて欲しいと思います。
私は今、幸せです。



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